すぐ側に住む恐怖

おやすみ、こわい夢を見ないように (新潮文庫)

おやすみ、こわい夢を見ないように (新潮文庫)

 この本は短編集だが、共通しているのは、それぞれ自分の中で「悪意」を増大させて身動きが取れなくなってしまった人や、そういう人に関わった人が主人公になっていることだ。
 そうなったきっかけは、何かはっきりしなかったり、本当に些細なことだったりする。


 たとえば、「うつくしい娘」では主人公の娘は学校には行くものの、帰ってきてからは部屋にこもりきりで両親や教師など身近な人を罵る言葉ばかりをノートに書き連ねている。醜く太り、不潔でめったにお風呂にも入らない。
 主人公はそんな娘から目を背け、パート先で知り合った若い女を自分の娘のように考えることで幸福を感じる。


 それぞれの短編は、たとえば悪意を持った人間が良くなる、などきれいな救いのある解決を迎えることはない。
 もっと悪くなるか、どうなるかよく分からない中途半端で放り出されたような印象を与えて唐突に終わる。

  
 考えてみれば、日常はそんな繰り返しだ。
 求めているような劇的なできごとなんてめったに起こらない。
 
 
 しかし、短編集の中で「うつくしい娘」だけは、唯一淡い救いがある。
 主人公は、パート先で出会い自分の娘のように感じていた若い女は幻で、自分の側に確固として存在するのは醜い巨体の娘だということに気づくからだ。

 
 当たり前だが、厳しい現実と戦うにはその現実を認識することが必要だ。
 それにしても、悪意や殺意のような感情はこんなにもすぐに手の届くところにある。
 日常は時として恐怖だ。