勝利は自分だけのものではない

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 「自分が受け取り続けたバトン、夢や嫉妬や羨望でまみれたバトンを、彼は間違いなくぼくの手に渡した。(中略)ぼくの勝利はぼくだけのものではない」

 自転車ロードレースを舞台に描かれたこの小説に激しく魅せられた。
 この競技について、私はこれまでまったく知識がなかった。
 この小説で初めて知った。

 驚くべきことに、参加している選手は全員勝利をねらっているわけではないのだ。
 個人レースのように見えて、実は団体競技で、選手は「チーム」の勝利を目指している。
 勝利をねらう「エース」と彼をサポートする「アシスト」という役割があり、「アシスト」はチームのエースを勝たせるための働きをする。
 たとえば、自ら空気抵抗の多い先頭集団に躍り出てそこで力を出し切り、後半の勝利を力を温存させた「エース」に託す。
 本題どおり「エース」の「犠牲」になる。

 しかし、サッカーなどの競技のように「アシスト」の名前は残らない。
 名前が残るのは、勝利の栄誉を得るのは、「エース」だけだ。

 主人公の誓はそんな「アシスト」の役割に魅了されて、この競技を始める。
 偶然が重なり、競技中、「アシスト」の役割を果たしていた誓に勝利のチャンスがめぐってくる。
 しかし、もう少しというところで彼のチームの「エース」にアクシデントが起こり、誓は自分の勝利を捨て「エース」のところにかけつける。
 
 
 もちろん、「アシスト」の役割に不満を抱いている選手もいる。
 「エース」の選手との才能の差に埋まらない壁をじりじりする思いで感じながらその役割を果たすのだ。
 
 主人公の感じる動機とは違うが、私自身「脇役」の存在に魅了されて芝居の世界に入った。
 この競技に何か共感するものを感じた。

 しかし、誓の恋愛のエピソードは辛い。
 無論、意図せずのことだが何も私生活まで「アシスト」にならなくても・・・
  
 誓の心情とともにミステリーの要素も含まれている。
 どきどきしながらあっという間に読んだ。
  
 誓は最後、実に実に大きく、重いバトンを託される。
 そのバトンの意味が分ったとき誓とともに読んでいる私も深いため息と涙が止まらなかった。

 勝利は自分だけのものでない、という言葉は重い。
 
 この本は、今年出版された本として様々なランキングで評価を受けている。
 私は作者の近藤史恵さんの本はほとんど全部読破した。
 大きい本屋に行くとまず作者の名前で検索するくらいファンだ。
 
 特に歌舞伎を題材にしたミステリーがお勧めです。
 やはり主役にはなれない脇役の心理がていねいに描かれています。