昨日は菊地先生のレッスンのみの研究センター。
 「タイタス・アンドロニカス」が終わって初めての研究センターだった。
 毎回、公演の後の研究センターは公演の総括と今後どうしていこうかと話し合う。


 普段だと、「今回の公演はとても楽しかった」などと研究生が能天気な感想を言って、「でもこんな課題もあるよ」と菊地先生がたしなめるというのがパターンだ。
 そして、次の公演はどんな演目がやりたいか、楽しく話し合うという光景が見られた。


 しかし、今回は勝手が違った。
 出席者も少なかった。
 何を言っても話が盛り上がらず、空中に消えてしまう。
 もう、思い出したくないことを思い出さなければならない。
 辛い現実を見つめなおすことが未来につながることは重々分っているのだが。


 菊地先生が「こういうところが・・・」と今回の良くなかった部分を挙げても、目がうつろ。
 反応がない。
 違う芝居の話等で何とか話題を続けようとしても、やはり何か手ごたえがない。
 何とか次につなげる課題を見つけようとしても、未来は靄の中。
 先が見えない。
 どうすればいいのか分らない。
 一体、私たちはどこに行きたいのか。
 
 
 いや、もう暗い話はやめよう。
 私は一人、ひそかな課題を見つけた。
 いつか「タイタス・アンドロニカスの台所」という戯曲を書こう。
 今回の舞台裏は厳しいものだったが、絶対に他では経験できないような経験ができた。
 
 すべて冷徹に見つめなおして、登場人物を暖かく抱きしめることができればこれは抱腹絶倒のコメディになることに間違いがない。
 生々しすぎてASCでは上演できないと思うが。

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 「エンジェル」という映画を観る。
 あの「8人の女たち」のフランソワ・オゾン監督の最新作だ。
 これは観なければ。
 私は「スイミング・プール」が好きで、最後の場面の解釈は私だけが理解した、と勝手に思っている。

 作家を夢見る主人公エンジェル。
 下町で細々と暮らしているが、書いた小説が認められベストセラーへ。 
 一気に流行作家の座に上りつめ、幼い頃からあこがれていたお城のような屋敷に住む。
 愛する男も自らの情熱で持って手に入れ、自分でプロポーズして結婚。 
 
 こういう勢いは私も欲しいなあ・・・・

 しかし、もちろん、幸せは長く続かなかった。

 エンジェルの成功から転がり落ちるような不幸を描いたこの作品。
 華やかだが、ああ、これは失敗するんだろうなあ・・・と思うところで、やはりそのとおりになるのがちょっと物足りない。


 とにかく、このエンジェルという人は現実を見ていない。
 書く作品も空々しい夢物語。
 自分は貴族の血筋の生まれだと本気で思いこみ、マスコミにもそのように語る。
 結婚した相手の姿もちゃんと見ようとしない。
 彼はエンジェルに囲われて生きるのが苦しくなり、戦争に行ってしまうがそんな心境も理解しようとしない。
 他者にたいする思いやりのかけらもない傲慢な嫌な女だが、何か憎めない。

  
 たとえ虚構の夢であってもそれを掴んでいくその情熱と力に圧倒され、魅了される。
 彼女の才能に惹かれて進んで秘書を引き受けるノラ。
 小生意気なことを言われても彼女の言うとおりにエンジェルの本を出版し続ける編集者のセオ。
 二人はとても常識人で人格者だが、だからこそなのか、人間的にはとても欠けているエンジェルを生涯をかけて支え続ける。

 
 エンジェルの書いた小説の芝居が実に嘘くさく、大芝居がかったものなのが面白かった。
 また、新婚旅行の場面、いかにもセットですよ、という作りなのが面白い。
 エンジェルの人生のうそ臭さを表現しているのだろう。

 しかし、「本当の自分」とは一体なんなんだろう。
 「本当の愛」とはなんだ。
 自分探しをする人は何を見つけるのだ。
 「本当の自分」こそ最大なる虚構だ。

 だとすれば、たとえ嘘であってもそれらを情熱でもって手に入れるエンジェルの姿こそ真実なのではないか。