戦う者の歌が聞こえるか?

 知り合いの知り合いがなんとアンサンブルで出演している!というわけで「レ・ミゼラブル」を観る。

 一時期、山口祐一郎さんのファンで足しげく通っていたこともあったが、ここ数年は遠ざかっていた帝国劇場。
 
 帝国劇場は名前からして庶民はお呼びではない感じだが、ジーパンなど割と普通の格好をして来ている人が多い。
 平日の昼間なので9割がご婦人方。(約1800席がほぼ満席だった)
 立派な劇場だが、日常と非日常の区切りがどこか曖昧になっている気がする。
 誰でも来やすいという利点はあるが、「夢の空間」というには何か物足りない。


 ロンドンのミュージカル劇場はもう何から何までお城のようだった。
 子供たちも皆ドレスアップして貴族のよう。
 劇場案内の人は私の前を通るとき「ソーリー、プリンセス」と言ってくれた。
 プリンセスですよ、プリンセス。
 日本の劇場も、何か非日常を思わせる演出がもっとあってもいいのではないか。

 さて、いよいよ開演。
 パン一切れ盗んだ罪で19年も刑期に服していたジャン・ヴァルジャンが仮釈放になる。
 そんな、彼を受け入れてくれる人はどこにもいない中、教会の司教だけが食事と寝床を提供する。
 しかし、すっかり暗い心になっていたヴァルジャンは夜中に教会の銀の食器を盗んで逃亡。
 捕まった彼に司教は「蜀台もあげようと思っていたのに。これを使って正しく生きなさい」と諭す。

 冒頭10分くらいだが、私の中で「レ・ミゼラブル」はここで9割が終わる。
 後はおまけとまでは言わないが。
 とにかくこの場面が大好きだ。
 司教は通りすがりのヴァルジャンになぜここまでできるのか。
 「私の魂をあなたにあげよう」とまで言う。
 この場面で私自身も何か大きな深い愛に包まれて抱きしめられているような気がしてならない。
 ここでいつも滂沱の涙を流し、十分に満足してしまう。

 
 約3時間の長いミュージカルなので、その後もいろいろある。

 
 そういえばミュージカル同好会の知り合いが言っていたが、この作品を上演する際エポニーヌの役をめぐって女子たちの間で熾烈な争いが繰り広げられたらしい。
 女子たちにとっては一番人気の役だと思う。
 彼女の歌う「オン・マイ・オウン」は美しい歌だ。
 「あの人あたしをいらない 幸せな世界に縁などない」
 暗い。私が一人でカラオケに行ったときによく歌う歌だ。
 私の人生が垣間見えますね。

 
 エポニーヌは金のためなら犯罪まがいのこともするろくでなしのテナルディエ夫妻を両親に持ったおかげで、底辺の生活を送っている。
 彼女は育ちのいい学生マリウスに恋をする。
 しかし、マリウスはヴァルジャンが引き取った少女コゼットに夢中。
 マリウスはエポニーヌの想いに一ミリも気づかず「コゼットがどこに住んでいるか調べて」とか「手紙を渡して」など非常にデリカシーのない頼みごとをする。
 エポニーヌはマリウスの髪に触れたり、「一緒にいたい」と言ったり、かなりわかりやすいアプローチをしているのにもかかわらず女性に疎い(多分)マリウスはまったく気づかない。
 つくづく鈍感なことは罪だと思う。
   
 
 しかし、そんな報われない想いがこれほどまでに美しい歌となる。
 苦しい思いをするからこそ美しい芸術が生まれる。
 いいものを生み出すためにはとことん苦しまなければならない。
 ああ!

 
 ちなみに私のあこがれの役はマダム・テナルディエだ。
 若いころは王子様にあこがれた時期もあったのに、今はろくでなしの夫と金の亡者のような生活。
 とにかく「生きる」ことにぎらぎらしている姿は滑稽でもあり、恐ろしいほどの強さを感じる。
 まぶしすぎて焼死するほどの生命力のあふれた役。
 もっと自分自身ぎらぎらしなければ。
 なんとか近づけるようになりたい。

 
 正直、今回の公演自体にそれほど満足できなかった。
 何かきれいにまとまりすぎている感じがして少々物足りなかった。
 でも、こんなにも長々と書いてしまうのはやっぱり「レ・ミゼラブル」はそれだけ惹きつけられる名作なのだと思う。