「ロープ」カーテンコールの違和感 

 今日は大変楽しみにしていた野田地図(NODA・MAP)の「ロープ」を観にいく。
 芝居を勉強している友達がつてでチケットを取ってくれた。
 シアターコクーン
 9500円!
 作・演出、野田秀樹さん。(出演も)
 宮沢りえさんに藤原竜也さん、渡辺えり子さんなど、そうそうたる出演陣!

 これは、楽しみ。

 でも、実は野田秀樹さんの作品は少々避けてきた部分がある。
 なぜなら、昔観た「夢の遊眠社」のビデオがさっぱり意味不明だったからだ。
 なぜ、それが人気があるのか全然分からなかった。
 しかし、その後読んだ野田秀樹さん作のいくつかの戯曲(「パンドラの鐘」など)が、とても良かった。
 

 なので、今回の公演は本当に楽しみだった。

 
 冒頭から、俳優陣の非常に高いテンションの演技ではじまる。
 時折、笑いの起きる言葉遊びの混じった台詞。

 正直、「うわ、ついていけない」と思った。
 
 ほとんど叫びっぱなしの台詞。
 中盤それが、延々と続き単調に感じ、意識が遠のく。


 「引きこもり」のプロレスラーがいる弱小プロレス団。
 なぜか、そこを取材しようとする人々。
 自らをコロボックルと名乗る少女。


 プロレスの試合が始まる。
 突如、出てくる入国管理局の男。
 展開も訳が分からなくなる。
 置いていかれたような不安。
 どうしようかと思う。

 
 しかし、舞台がベトナムを思わせる戦場へと移ってから俄然、物語がヒートアップし目が離せなくなる。
 同じ顔に見える罪のない民間の人々を、老人を、女性を、赤ん坊を、次々と殺していく兵士。
 それを、これでもかと残虐な言葉を使ってプロレスのような実況中継が行われる。


 人間の、そして自らの、1番見たくない部分を無理やりえぐり、つきつけるような言葉の数々に、胸が悪くなる。
 もう、聞きたくない、と耳を塞ぎたくなる。
 それでも、宮沢りえさんの透明感溢れる実況で、それらは容赦なく観客の前に突きつけられる。
 そして、祈りのようなラスト。 
  
   
 ものすごい拍手と幾度もカーテンコールが行われた。


 しかし、その熱い拍手に何か違和感を感じた。
 なんだろう。
 もちろん、その拍手に値する内容と演技だったと思う。
 しかし、これは作品に対して大声で讃えるものではなく、黙して考える方がふさわしいような内容のものだったと思う。 
 
 
 それにしても、終わってからも、何か釈然としない感じ。
 なんなんだろう。
 野田秀樹さんはこの芝居で「距離感のない熱狂の中で、繰り広げられる暴力」を描きたかったという。
 分かったようで分からない。
 混沌としたものを抱えたまま、劇場を後にする。
 じゃあ、分かるまで観たいかと問われると、うううん・・・


 誘ってくれた友達Mさんとその友達Sさん。
 Sさんとは一度だけある場所で会っていて、あるつながりがあります。(これは書いてもいいかな、という時に書きます)
 そしてSさんは、私の友達のK君とも知り合いで・・・
 と、人間って本当にどこかでつながっているのですね。
 世界は狭い。
 悪いことできないです。

 さて、帰りは三人で飲んで・・・ 
 体重は・・・汗、汗、汗・・・