善良な私がいなくなる日

 「魂萌え!」というドラマ(NHK、土曜9時)を途中から見る。
 途中から見たことを後悔するくらい、人間の心理に迫った迫力のあるドラマだった。
 あいまいだが、だいたいこういう内容だ。
 長年連れ添った夫が亡くなり、その途端におとなしい主婦が10年来の愛人の存在を知ったり、財産でもめたりと様々な試練にさらされ新しい自分を発見していく。
 高畑淳子さんが好演している。
 来週で最終回らしいが、来週こそちゃんと観たい。

 
 高畑淳子さんといえば以前青年座の芝居で「パートタイマー・秋子」(永井愛 作)というのを観た。
 バブルがはじけ、高級住宅街の奥様である秋子は職を失った夫が家で「ゆらゆら」しているため、スーパーにパートタイマーとして働きに出る。
 そこは、店員が商品を買ったふりして持ち出したり、賞味期限切れの肉を期限シールをはりかえて売ったりとひどくモラルの低下した店だった。
 レジもろくに打てない奥様秋子は、けむたがられ店員の中では浮きまくる。
 秋子は低下したモラルをたしなめようとするが止められる。
 やがて、様々な戦いを経て、徐々に店での自分の位置を確立していく。
 しかし、その中でいつの間にか低下したモラルになじみ、店の商品を持ち帰ろうとしていた自分に気づく。

 原本がないので、詳しくは書けないが、こういう環境にさらされて自分がどういう人間なのかはじめて分かったという内容の台詞が印象に残った。
 

 私も東京に来て初めてのアルバイト先で、なんだか似たような経験をした。
 サンドイッチなどを売る販売店だった。
 オープンスタッフで、先輩がいないためアルバイトたち(9割20代女性)は大変気楽だった。
 店長も非常に頼りなく、よく遅刻をしていた。
 そんななか、夜番(おもに夜働く人)は期限切れの商品を持ち帰れるのに、朝番は持ち帰れないのは不公平だというクレームがアルバイトたちの間で起こった。
 朝番も持って帰って良いことになったが、しかし、どれを持って帰っていいのか基準がひどく曖昧なため、売るはずの商品を持って帰ってしまったこともしばしばあった。
 結局、「原則持ち帰り禁止」ということでおさまったが、誰もしっかりと止める人がいなかったため「捨てるくらいなら」と期限の切れたものはみんな当たり前のようにこっそり持ち帰っていた。
 アルバイトたちの働き方も、暇なときは座ってうだうだとしゃべっていたりと怠けた働きぶりだった。
 やがて「楽でいい」という派と「ちゃんとやりたい」派になんとなく二分され対立するようになった。
 といっても陰口を叩く程度のことで、表面上は仲良くやっていたが・・・
 「女ばかり」というのはこういうことがよくある。
 私は、なんとなく「楽でいい」派に入っていた。
 しかし、今まで「楽でいい」派だったある子が責任あるポジションを任され、突如「ちゃんとやりたい」派に鞍替えした。
 彼女は私を標的にし、事情で早退しその際、期限の切れたサンドイッチを持って帰った私に
「みんな見てますよ。そういういやしいことは今後一切やめてください」
 とメールした。
 私は心の底からぞっとした。
 彼女は10回以上は喫茶店でお茶を飲みに行ったことがあるような仲良し(と思っていた子)だったからだ。   
 「いやしい」、という言葉の響きがあまりにもおぞましく心の中に響き渡り、2、3日働きに出られずカウンセリングに通ったほどだった。無論なんの助けにもならなかったが・・・
  
 
 今まで校則違反すらせず、先生の言うことをよく聞き、サークルに入ればどんなくだらない規則でも忠実に守る、それだけの根拠で自分は「良い」人間だと思っていた。
 しかし、確かにアルバイト先では自分は「持って帰れるものは持って帰りたい」と思うような、彼女の言う「いやしい」人間になっていたのかもしれない。

 
 試練が増えるにつれ、「自分」がどういう人間か思い知る経験が増えていくのだろう。
 それを思うと憂鬱だ。
 でも、悪いことも知らないより知ったほうがいい、とドラマで言ってたっけ。
 それが、「自分」なら認めるしかない。
 どんなことがあっても「人のせい」にすることがないよう(自分で書いてて痛い)、認めて生きていきたい。