私の初恋と青い思い出

 今日、「ハチミツとクローバー」という映画を観て、自分の大学時代のことを思い出した。
 
 今日は、私の初恋と青春について綴りたい。
 私は大学生の時、混声合唱団に所属していた。
 先輩は、私が1回生のとき4回生だった。
 お日さまのような明るい笑顔。
 先輩がそこにいるだけで、陽だまりにいるような暖かさを感じた。
 性格もおだやかそのもの。
 厳しい上下関係で苦しんでいたが、先輩こそがまさに癒しの存在だった。
 趣味は読書で、私は先輩のおかげで山本周五郎を知った。
 
 そんな先輩だったから下級生には人気があり、あこがれの的だった。
 私は先輩が卒業するとき、文通(メールより味があって古風でしょ)する約束を取り付けた。
 
 たび重なる文通。
 私の誕生日の日、先輩と会う約束をした。
 ちなみに同じ日に別の男性から紫の薔薇の花束(ガラスの仮面!)をもらっていたが、当然その男性のことなど眼中になかった。
 私は花束を持ったまま、先輩に走ってかけよった。


 会うことにより深まる愛。
 先輩の手紙には「愛している」
 「あなたは紫陽花の花のように美しい」
 など名言が並ぶ。
 今にして思えばなかなか見所のある人だった。
 紫陽花とはよくいったものだ。
 私の美しさに対し、実に的を得た表現だ。

 
 しかし、しかし・・・それ以上進まない。
 会っても、鴨川沿い(京都の有名な川)をいつまでも歩くだけのデート。
 話題といえば「聖書とは」「日本の農業の将来について」・・・
 ほら、先輩ってば真面目な人だから。


 でもね、つきあったらいろいろあるじゃないですか。
 触れ合い、抱きしめて・・・
 私は、自分の欲望を抑えきれなくなった。
 ついに文通の手紙に書いてしまった。
「もっと、先に進みたいと思いませんか」


 返ってきた返事は、
「僕は貴方との精神的なつながりを大切にしたい」
 何て清らか。
 何て素朴。
 自分がものすごく汚らわしい存在のように思えた。
 でも、私はあきらめなかった。

 
 二人で、鴨川を見つめながら切り出した。
「あの、この前手紙に書いたことですけど・・・」
 ふいに、先輩の目が泳いだ。
 そして、勢い込んでこう言った。
「あのさあ、歌を歌おうか」
 は?歌?
 ふいを付かれて目を丸くする私。
「そう、せっかく合唱団だしさ」
 大学の校歌を歌いだす先輩。
「たかひかるせんこのみやこ」
 しょうがないので、合わせる私。
 先輩はテナー(男声の高いパート)、私はアルト(女性の低いパート)。
 主旋律はほぼソプラノが歌うので、どんな歌なのかよく分からない合唱がはじまる。
 5曲くらい歌っただろうか。
 結局、終電で帰る私。


 青い二人。
 このできごとを、前の養成所で練習の時間に演じたことがある。
 ものすごく評判が良かったので、是非またやりたい。
 

 別れに至る部分は長くなるので、また今度。

      
 「ハチミツとクローバー」は言葉がとても美しい。
「自分の好きな人が自分のことを一番好きになってくれる、
 たった、それだけの条件なのに、永遠にそろわない気がする」
 美術大学に通う若者たち。
 芸術に対する悩み。
 片思いの連鎖。
 共通するところはたくさんあるはず。
 でも、なんだか遠い世界の出来事のように思えた。
 映像が美しすぎるせいだろうか。
 登場人物が美しすぎるせいだろうか。
 それとも、美しいだけではすまない「現実」を知ってしまったからだろうか。
 自分には絶対起こりえない話。
 過去にも決して、経験したことがない話。
 そんなふうに思う自分がとても悲しかった。


 「あこがれ」だけでは生きていけない。
 「あこがれ」はあまりにも遠くて、それを見ようと顔を上げた瞬間につらくなる。

  でも、もしかしたら「あこがれ」が目の前までやってきた時、「ハチミツとクローバー」の世界が美しいと思えるのかもしれない。
 そんな日が来るといい。