幸せになるためのイタリア語講座

 「幸せになるためのイタリア語講座」という映画のDVDを観る。
 
 デンマーク映画
 不器用だったり、寂しかったり、人生にどこか寂しさを感じている人々がイタリア語講座に通い、その交流の中で幸せを見つける物語。

 
 ものすごく地味な映画だ。最初はなんだか暗い。
 美容院の女は、病気でわがままな母親を抱え苦しんでいる。
 ホテルマンの男は、レストランで働く親友をくびにするよう命じられ頭を抱えている。
 着任したての代理の牧師は、説教を阻害され悩んでいる。
 肝心の「イタリア語講座」は、先生が倒れてしまう。
 しかも、定員割れで先の見通しが立たない。

 でも、ものすごく地味に事態は好転していく。
イタリア語講座」で知り合った人々は、いつの間にか互いの交流の中、生きる光を見つけていく。
 気がつけば、たくさんカップルも誕生している。
 講座の人々みんなでイタリアに行き、明るく幕。
 
 様々な人々の生き方が描かれているが、一番共感したのがパン屋で働く女、オリンピア
 類まれなる不器用で、職を46回代わっている。
 あまりの不器用さに3ヶ月でくびになるのだ。
 しかも、字が書けない。
 パン屋はパンを落とした分だけ自分でレジに代金を入れるので、一番長続きしている。
 しかし、売り物のデニッシュパンを全て床に落とし、さらにその上に卵をぶちまけてしまうところは、涙なしでは見られない。
 思わずそのまま教会に行って、「もっとちゃんとしたいのに」と牧師に訴え泣くところは一緒に号泣。
 自分のアルバイトをしている様子を思い出す。
 
 アカデミー賞外国語作品賞にノミネートされていたりと、多くの人々の支持を集めている映画。
 展開も少なく、美男美女もいない。
 すぐ側に歩いていそうな人ばかりが出てくる映画。
 こういう映画が支持されるのはなんだかうれしい。
 自分以外の人がとてもしっかりと、生き生き生きているような錯覚に陥ることがある。
 でも、本当はみんなどこか不安で、寂しかったり、不器用だったりして本当にささやかな幸せを求めていて・・・
 そんなことが実感できる映画だ。
 

 印象的な台詞があった。
 肉親を亡くした女に牧師が聞く。
「今夜、一緒にいてくれる人はいますか?」
 女は答える。
「独りでいるのは慣れているので」
 
 寂しい台詞だが、自立したかっこよさも感じる。
 私も使おう。