誰も望まない方向

 「タイタス・アンドロニカス」が終わった。
 日記の題名も元に戻した。
 町はすっかりクリスマスモード一色だ。
 アルバイト先に行くと24、25日が壊滅的に人がいないという掲示がある。
 私は「オールフリー」と予定を出した。
 風邪を治すかマッサージに行くか悩み、マッサージに行く。
 先生に「こんなにストレスをためてどうしたんですか?!」と「よく生きていましたね」というような調子で言われる。
 
 
 それにしてもなんという公演だったのだろう。
 習得したことはいくつかある。
 2時間の睡眠で舞台に立つ方法。
 ぶっ倒れた後でも舞台に立つ方法。
 こんにゃくを肉に見せる焼き方。
 パスタにどれくらいの分量の食紅を混ぜれば、真っ赤になるか。
 徹夜でドレスを作る方法(ただし見本あり)

 
 寒い外で、延々受付にいる勝木さんの写真が凄かった。
 たくさん着こんで、なおかつ震えている。
 顔も見えない。
 「寝るな、寝ると死ぬぞ」と声をかけたくなる。
 冬山で凍死しそうな人だ。
 

 勝木さんはまた、片栗粉で血糊を作っていた。
 しかし、チケット係の勝木さんにはどんどんその間にも人が話しかけてくる。
 片栗粉の扱い方はプロでも難しいという。
 神経の使う仕事だ。

 
 打ち上げで、われわれ研究生一同はもうくたくただった。
 西条さんと阪口さんは買出し係で二回も買い物に行き、重い重い荷物を二度も運んできた。
 しかし、客演の方々のために料理を振舞わねばならない。

 
 厨房には「氷がない」だの、「七味がない」だのいろいろな人が訪ねてくる。
 結局、西条さんと阪口さんは自分の買ってきたものをほとんど食べられなかったという。
 勝木さんと私は意識を失った。
 
 自分に近い部署にいた人のことばかり書いて申し訳ない。
 日野さん、徳丸さんもがんばっていた。
 徳丸さんはよく劇場に泊り込んでいた。

 
 芝居のために、どんな裏の作業も喜びを持って取り組むべきだ。
 それを観たお客様が喜んでくださるのなら、どんなことでもやるべきだ。
 そんなことは十二分に分っている。
 しかし、スタッフ作業も迅速にこなし、一度で演出家の意図を理解し、たとえプロの職人がやるようなことでもただちにやることができる。
 そういう器用な人でないとプロになってはいけないのだろうか。
 そろって不器用なわれわれ研究生一同は「駄目だ」といわれ続けた。
 その結果、どうなったのか。
 今、われわれは誰も望んでいない方向へ進もうとしているのではないか。
  
 
 「タイタス・アンドロニカス」が本当の意味で「新生ASC」の新たな旅立ちの公演になったのか。  
 われわれのこれからの行動が問われる。
 新たな旅立ちにするか否かは自分しだいなのか。
 目の前のことを懸命にやれば道は見えてくるのか。
  
 毎回公演が終わるたびに「公演の反省と今後どうするか」の作文を書く。
 そのたびに、あまり変わっていない自分に思い知らされる。
 30も過ぎると頭が固くなって、同じことしかできなくなるのだろうか。
 果たして「変わる」とはどういうことなのか。
 

 答えの出ないまま冬の夜長が過ぎ行く。