腹筋の割れた女たち

 先日の公演前の最後のオフの日、木山事務所公演「道遠からんーまたは海女の女王はかうして選ばれた」を観劇する。

 岸田國士氏の作品だ。
 社会風刺を盛り込んだ、「喜劇」だ。

 
 「男が主権を握っていた時代から300年後」という設定。
 「ある時代の、ある地方の漁村」が舞台。
 そこでは、女が政治、経済を支配し、男はすっかりその庇護のもとにおかれている。
 「女尊男卑」が闊歩し、男が痴女に襲われる時代。
 特徴的なのは、「男は仕事、女は家事」の時代とは違い、女が外の仕事も家事も全て支配しているということ。
 登場人物の女の一人は夫が家事をやることも「外聞が悪い」と言い、ミシンを買ってきた夫に怒り狂う。

 
 この漁村では、女が海女の仕事で生計を立てている。
 「男(夫)を自分の仕事で食わせている」のが女たちの誇りだ。
 

 きたえあげられた体の女(海女)が次々と海女のコスチュームで登場するのは壮観だった。
 腹筋が割れている。
 特に、村の中心人物イワ(水野ゆふ)とリキ(橋本千佳子)がかっこいい。
 まさに「男の中の男」ならぬ「女の中の女」という風情を随所に漂わせる。
 二人は時にぶつかりあい、つかみ合いのけんかをしながらも、互いに認め合っている。

 
 それに比べて男たちのふぬけなこと・・・
 互いに髪を結び合い、女たちに全てを任せてだらだらと無為な日々を送っている。
 しかし、中でイワの夫シゲは「男はこのままでいいのか」と問題意識を持って気骨があるように見えるが、実は村の校長ガクとの不倫に余念がない。
 結局、女たちの選んだ道は「男性社会の支配原理「飴と鞭」をそのまま踏襲したもの(パンフレット解説:七字英輔)」だった。

 

 ともすれば、長く難解な台詞でついていけなくなりそうなところをミュージカル仕立てに、歌や踊りを入れることで興味を引いている。
 歌や踊りにはいろいろ無理があったが・・・
 それでも、そのおかげで最後まで楽しく観られた。

  
 私は大学生の時に「女性が働く」ことについて学んだことがある。
 そのときは女性が働くことについて、賃金の不公平さ、セクハラ、差別等の、あまりの理不尽さに怒りを感じていた。
 しかし、だからといって女性が権力を持ったところで果たして社会は変わるのか。
 この戯曲のように結局、かつて男がしていたことを同じように繰り返すのだろうか・・・
 パンフレットの解説で「社会の意匠がいくら変化しても本質的に人間は何ひとつ変わらない(中略)日本社会は軍国主義から民主主義へと変化した。しかし、それで、本当に日本人が本質的に変わったと言えるだろうか」とある。
  
 
 社長、政治家が女性なのは、もはや当たり前になりつつはあるが(もちろん「まだまだ」ではあるが)その表面的な事象だけを「女性の社会進出」とほめそやしても、結局何もならないのかと考えさせられた。
 人間の本質が同じでは、結局同じ過ちを繰り返すのみだ。
     
 
 それにしても、岸田國士氏の社会をまさに抉るように見る目には驚嘆する。
 この作品は1950年に書かれたものだが、女が強くなりつつある現代をすでに見ているようだ。
 私自身、単純に女性の社会進出を、ただただ歓迎していたと反省。
 果たしてそれだけでいいのか?
 深い深い問いを私自身にも、現代に突きつけられた。