しゃべれどもしゃべれども

しゃべれどもしゃべれども (新潮文庫)

しゃべれどもしゃべれども (新潮文庫)

 この本は「タイタス・アンドロニカス」の稽古中、随分励みになった本だ。
 主人公は二つ目という前座より少し偉い、若い落語家。

 
 あくまで古典落語にこだわる彼は時として嘲笑される。
「ふるい土着の根っこを捜してごそごそ掘り出そうとする者は、ドン・キホーテと呼ばれ、速い時の流れからずり落ちていく」
 それでも、彼はもっと勉強しなければならない、と図書館をめぐり古典に詳しい老人の話を聞きに行く。
 その地味な生活の繰り返しが彼の芸を支える。
 彼の芸に対する悩みや焦燥そして、実に不器用に芸を掴み取っていく姿に勇気をもらった。

  
 また、彼のもとにコミュニケーションに悩みを抱える人物が集い、期せずして「落語教室」が始まる。
 年代も職業もばらばら。
 もともと他人とうまくいかない人たちだから、仲良くなれるはずもない。
 ぶつかりあってばかりだ。
 落語が好きというわけでもない。
 しかし、徐々に彼らが心を通わせ、発表会まで行う姿は涙なしでは読めなかった。
 「くつろぐことがひどく苦手な人々が、肩の力を抜いて投げやりな沈黙もトゲのある言葉も忘れて、気楽に者を食っている姿をみるのは、どうしても特別の感慨があった。小さな奇跡に思えた」
 
 ただ、何の気兼ねもなしに他人といることがどれほど難しいことか。
 それが手に入った瞬間がどれほど尊いことなのか。
 コミュニケーションの難しさを考えていた自分に、希望を与えてくれた瞬間だった。
 
 最後まで安心して読める、必ず何か暖かいものをもらえる貴重な本だ。